お問い合わせ

研究コラム

「ありがとう」の力を学術的に考える #研究コラムVol.16

「感謝」の定義とは?

前回・前々回のコラムでは「社会関係資本」をテーマに取り上げました。

社会関係資本とは、人間同士のつながりを、価値を生むための資本という観点から捉える考え方でした。人間関係を含めた周囲の環境は才能発揮に大きく影響するため、社会関係資本の要素や特徴を手がかりとして、才能を発揮できる環境を整えるためのヒントをお届けしました。

個人間を結ぶネットワークの強化やコミュニケーションの促進は、組織経営の分野でも注目を集めています。しかし、大きな組織ほど施策の導入・運用にはコストがかかったり、効果が出るまでに時間がかかることなどがネックとなっています。

前回の研究コラムの後半では、劇的な効果があるかはわからないがすぐに第一歩を踏み出せる取り組みとして「感謝」を取り上げました。

今回は「感謝」に注目して、才能を発揮しやすい環境づくりにつなげていきたいと思います。

目次

  1. 「感謝」の定義とは?

  2. 利他行動・ウェルビーイング・対人関係

  3. 利他行動を促す

  4. 多様性が高い組織でこそ有効

  5. 「伝わる」感謝を促す施策

  6. ライトに踏み出せる第一歩

  7. 文献

「感謝」の定義とは?

「感謝とは何か?」と聞かれれば、ほとんどの人がイメージできるでしょう。前回までテーマとしてきた「社会関係資本」と比べると、身近で一般的な言葉だと思います。

学術的にも心理学の領域などで関心が向けられており、人間同士の関係性や個人の気分にもたらす効果の研究や、感謝という感情や行動が生まれた起源を、進化の観点から明らかにする研究などが進められています。学術的には「自分が他者から何らかの利益や恩恵を受けた際に、利益を提供した人に対して抱く肯定的な感情や、それを表すコミュニケーションのこと」といった定義がされています(正木, 2024)。くだいて言うと「他の人にいいことをしてもらったときに、ポジティブな感情を抱いたり、その感情を伝えたりすること」ということで、私たちが「感謝」と聞いたときにイメージするものと大きくは変わらないと思います。

ここから先は、特に組織の中での感謝の効果に迫った正木(2024)の研究を中心に、その効果や意義、組織としての促進方法などを見ていきましょう。

利他行動・ウェルビーイング・対人関係

感謝がなにかしらのいい効果をもたらすというのは、日常生活の中でも実感する機会があると思います。人の助けになるようなことをしたとき、金銭的な報酬まではもらえなくても、「ありがとう」の一言があるだけで、少なからずいい気分になるのではないでしょうか。

正木(2024)では、これまでの研究を取りまとめて、感謝がもたらす影響を「利他行動」「ウェルビーイング」「対人関係」の3つの観点から整理しています。順に見ていきましょう。

利他行動を促す

一つめは、感謝が人助けなどの利他行動を促すというものです。

感謝の道徳感情理論という考え方では、感謝の感情には、自分が受けた恩恵に目を向けさせ、利他的なモチベーションを高める機能があると指摘されています (McCullough et al., 2001)。感謝の感情を抱くと、自分のためだけでなく、他の人や社会のために行動しようという動機づけが高まるということですね。また、感謝を起点に生まれる利他的な行動は、助けた人ー助けられた人の二者間にとどまるものではありません。助けられた人が第三者に親切にする「恩送り」のような現象が見られたり (McCullough et al., 2008)、二者間で感謝を送り合っている様子を目撃した第三者が「自分が誰かを助けてもきっと報われるだろう(損するだけではないだろう)」という安心感を抱けたりと (Algoe et al., 2020)、周囲の人への波及効果があることも指摘されています。

このように、感謝するーされる関係の二者間のみならず、周囲の人の利他行動を促すというのが行動面への影響です。

多様性が高い組織でこそ有効

ここまでに紹介した感謝の効果は、メンバーの助け合い行動の促進や職場満足度の向上につながることから、個人だけでなく組織にとっても良い影響をもたらすことが期待されます。

正木 (2024) では、どのような組織で感謝が特に有効に働くかについて、興味深い研究を行っています。この研究では、ダイバーシティの高さに注目しています。属性や価値観の多様性については社会的に関心が高まっており、組織内のダイバーシティを向上させる動きが各社で進められています。一方で、ダイバーシティが高い環境では、価値観や背景などの違いから生じる相互理解の難しさのために、コミュニケーションの質や組織に対する愛着が低下しやすいという課題も指摘されています (Guillaume et al., 2017 など)。正木 (2024) の研究では、性別のダイバーシティの高低 × 感謝の頻度の高低の4つの組み合わせで調査対象企業をグループ分けし、メンバーの組織への愛着スコアを質問票で調査しています。その結果、「感謝を交わす頻度が高いほど組織への愛着スコアが高い」という関連が、性別ダイバーシティが高い組織のみに見られました(図1)。

この結果からは、ダイバーシティが高いことで、自然には一体感を発揮することが難しい特徴をもつ組織でも、感謝という意図的なコミュニケーションで一体感を維持できる可能性があると考察されています。今後も社会や組織、職場の多様性は拡張する方向に進んでいくと予想されますが、そのような中で良好な対人関係を気づいたり、自信が働きやすい環境を作っていくために、感謝を伝えることは意味のある第一歩になると考えられます。

「伝わる」感謝を促す施策

個人や組織に対して感謝がもたらす効果をここまで紹介しました。最後に、感謝行動を促し、ポジティブな機能を引き出す施策に目を向けてみたいと思います。近年では、サンクスカードアプリやピアボーナスツールのような、組織のメンバー同士で感謝の気持ちを伝え合えるサービスを導入している企業も増えてきています。こうしたツールの導入は、web上でメッセージを送ることができる気軽さや、感謝の伝え合いがオープン化されることなどから、感謝の表明を促す機能が期待できます。正木 (2024) は調査結果をもとに、人には「自分から伝えている感謝と比べて、回りからの感謝は少ない」と感じる傾向があることを指摘しています。こうしたズレが積み重なっていくと不公平感や感謝のモチベーションの低下につながるリスクがあります。

他の人からの感謝が少ないと感じる理由のひとつには、相手は感謝をしたつもりでも、本人が気づいていないケースが考えられます。感謝の伝え方は多様であり、感謝していることがはっきりと伝わりにくい形で発信されることもあるでしょう。

サンクスカードアプリのようなツールの活用は、ツール上で明示的にメッセージやカード送付のような形で感謝を伝えることで、気づかれないケースを減らし、感謝の受送信に関する認識のズレを調整する効果もあると考えられます。ツールを導入するだけで終わらず、ここまで紹介した感謝の効果や、明示的に伝わることの重要性などを踏まえて、導入の意義や目的、使い方などもセットでメンバーに伝えていくことが、感謝の効果を組織に定着させるポイントとなるでしょう。

ライトに踏み出せる第一歩

今回の研究コラムでは、身近なものでもある「感謝」をテーマに、個人や組織にもたらすポジティブな効果と促進のポイントを取り上げました。TALENT社のTRC (Talent Research Center) が行っている才能の研究では、不安やストレスが才能発揮を阻害することにも注目しています。こうした阻害要因の中で大きいのは、人間関係に関する不安や悩みだと見ています。

この点から考えると、感謝の表明は周囲の人間関係を良好にし、才能を発揮しやすい環境を自らつくるために有効な手段となるのではないでしょうか。

また、感謝はすぐにできる行動であることと、実行したときのデメリットが少ないというのもポイントだと思います。環境を変えたり、自分の性格や行動習慣を大幅に変えたりするのはたいへんですが、感謝を伝えるというライトな行動を起点に、自分が活躍しやすい環境を少しずつ作っていけるとよいのではないでしょうか。

文献

  • Algoe, S. B. (2012). Find, remind, and bind: The functions of gratitude in everyday relationships. Social and personality psychology compass, 6(6), 455-469.

  • Algoe, S. B., Dwyer, P. C., Younge, A., & Oveis, C. (2020). A new perspective on the social functions of emotions: Gratitude and the witnessing effect. Journal of Personality and Social Psychology, 119(1), 40.

  • Fredrickson, B. L. (2004). Gratitude, like other positive emotions, broadens and builds. The psychology of gratitude, 145, 166.

  • Guillaume, Y. R., Brodbeck, F. C., & Riketta, M. (2012). Surface‐and deep‐level dissimilarity effects on social integration and individual effectiveness related outcomes in work groups: A meta‐analytic integration. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 85(1), 80-115.

  • 正木郁太郎. (2024). 感謝と称賛 人と組織をつなぐ関係性の科学. 東京大学出版会.

  • McCullough, M. E., Kilpatrick, S. D., Emmons, R. A., & Larson, D. B. (2001). Is gratitude a moral affect?. Psychological bulletin, 127(2), 249.

  • McCullough, M. E., Kimeldorf, M. B., & Cohen, A. D. (2008). An adaptation for altruism: The social causes, social effects, and social evolution of gratitude. Current directions in psychological science, 17(4), 281-285.

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻、完全主義の認知特性を研究。ベンチャー企業にて、若手研究者のキャリア開発や、研究プロジェクトの立ち上げを経験後、HR Tech企業にて採用管理システムのデータ分析を推進。
現在はフリーランスとして、研修や人事施策の効果検証デザイン、データ分析、文筆等を行う。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうため、TALENTの才能研究に参画。

Podcast「TALENT TALK」を聴く →

記事の一覧へ →