個人の才能発揮を考えるうえで、その人が置かれている環境の影響は無視できません。これまでの研究コラムでは、周りに人がいる状況といない状況ではどちらがパフォーマンスが上がるのか(社会的促進・抑制; Vol.7)、感謝の効果(Vol.14)などをテーマに、対人関係や組織の環境に注目してきました。
今回は少し視点を変えて、不確かで未知な状況とその状況への向き合い方から、才能発揮のためのヒントを見てみましょう。
目次
新しくて、情報が多すぎて、わけがわからない状況
曖昧さへの向き合い方を整理する5つの軸
ビジネス場面での曖昧さにどう向き合うか
どの軸にもポジ / ネガ両方の顔がある
才能の「発動条件」を考える切り口
文献
新しくて、情報が多すぎて、わけがわからない状況
「サービスの売れ行きがなかなか読めない」
「新しく任された仕事はやったことがないジャンルのものなので手探りだ」
こうした先行きが不透明で見通しが立たない場面に日々直面する人も多いのではないでしょうか。特に、新規のビジネスを企画したり、いままでやったことのないことに挑戦したりするときには、先の見えなさは必然的に伴うものとなるでしょう。
このような状況は心理学の世界で「曖昧さ (ambiguity)」と呼ばれています。曖昧さには以下の3つの性質があると整理されています (Budner, 1962)。
1. 新奇性: 手がかりがまったくない新しい状況
2. 複雑性: 考慮すべき手がかりが多すぎる複雑な状況
3. 不可解性: 個々の手がかりが異なる事態を指している矛盾した状況
これら3つの性質はいずれも「手がかり」に注目しています。手がかりが不足しているか、あったとしても膨大すぎて処理しきれなかったり、矛盾していたりしていることによって、実態の把握がうまくできず、結果的に判断や行動を決めにくい状態が「曖昧さ」の特徴といえるでしょう。
曖昧さへの向き合い方を整理する5つの軸
曖昧さの高い状況に直面したときに起こる考えや感情、対応の仕方には個人差が見られます。前例のない仕事を任されたときに、Aさんがどうしたらよいかわからずパニックになっているかと思えば、Bさんは新しい冒険のように楽しんでいるということもあります。
西村 (2007) の研究では、このような曖昧さへの向き合い方を「曖昧さへの態度」とし、5つの軸で整理しています。
1. 曖昧さの享受: 曖昧さを魅力的なものと評価し、関与していくことに楽しみを見出す傾向
2. 曖昧さの受容: 曖昧さをそのまま認めて受け入れられる親和性や寛容さ
3. 曖昧さへの不安: 曖昧さに不安などの情緒的な混乱と、それに伴う対処の難しさを感じる傾向
4. 曖昧さの統制: 曖昧な状況を否定的に評価し、知的に把握・対処(統制)しようとする傾向
5. 曖昧さの排除: 曖昧さを認めず、排除して白黒つけたい傾向
これらのうち、享受・受容は、曖昧さを受け入れて楽しむポジティブな向き合い方と捉えられます。
一方、不安・統制・排除の3つは、曖昧さを避ける方向に向かう態度とみなせます。特に、不安はうつの傾向との関連が報告されていることから、曖昧さへの不安が過度に高い人が、状況が目まぐるしく変わったり、人によって言っていることが違ったりする職場にいると、強い負担を感じることになるでしょう。

統制について少し補足すると、曖昧な状況に置かれたときに情報を集めて整理するといった、手がかりを増やして見通しを立てようとする対応のことを指しています。そのため、曖昧さそのものには否定的なのですが、解消に向けて積極的に関わるところが、不安や排除とは異なる特徴といえます。
この5つの軸を先の例に当てはめると、パニックになっていたAさんは受容が低くて不安が高く、面白がっているBさんは享受が高い、といった分析ができるでしょう。
ビジネス場面での曖昧さにどう向き合うか
ビジネスメディアではVUCAという表現を目にすることが多くあります。状況変化が速くて大きいこと (Volatility), 将来の状況が予測できないこと (Uncertainty), さまざまな要素が複雑に絡み合うこと (Complexity), 因果関係が曖昧なこと (Ambiguity) の頭文字を取ったものです。
近年の先が読めない環境を指した表現ですが、この言葉に代表されるように、特に新しい企画の立ち上げや、複数の関係者間の調整を求められるようなビジネス場面は、先に挙げた曖昧さの3要素を高い水準で備えています。
こうした曖昧さ自体をなくすことは難しいため、どう向き合っていくかが重要となるでしょう。先に紹介した西村 (2007) の5つの軸をもとに、ビジネス場面での曖昧さへのポジティブな向き合い方を考えていきたいと思います。
曖昧さへの前向きさを育てるうえでは、研究コラムVol.4で紹介した学習理論の考え方が参考になりそうです。エッセンスを大まかにまとめると、行動の結果が「いいこと」だとその行動が促進され、反対に「よくないこと」だとその行動を控えるようになるというものでした。
曖昧さへの態度についても、この考え方は適用できると考えられます。
たとえば、初めて取り組む種類の仕事で上司からおおまかな方針のみが共有され、具体的な方法は部下に任せられた場面を考えてみましょう。
リサーチや試行錯誤の結果提案した内容が上司から良い出来だと認められたり、取り組む過程で新しい学びや気づきがあったりと、予想以上に得られるものがあった場合は、次も新しい仕事に取り組もうと思えるようになります。
反対に、成果物の出来が悪いと上司から叱責を受け、辛いばかりで得られるものがなかったという結果になれば、曖昧な状況に不安を感じやすくなり、避けるような向き合い方になることが予想されます。
曖昧さを乗り越えた結果の成功体験を積むことで、向き合う面白さや意義を見出せたり、曖昧な状況に置かれてもなんとかなるという寛容さを身につけられたりするというわけです。
研究コラムVol.13で紹介した「ジョブ・クラフティング」のように自律的な仕事を促したり、試行錯誤の経験を積んだりするために、工夫の余地のある曖昧な状況は役に立つでしょう。ただし、丸投げされてただただ叱られるというだけでは、曖昧さへの苦手意識は増すばかりです。
曖昧さに苦手意識がある人や経験の浅い人では特に、学習機会や成果実感を得られるステップを意識したり、必要に応じてサポートを得られる相手を見つけておいたりと、楽しみや安心を得られる仕掛けを用意するのがよいのではないでしょうか。
どの軸にもポジ / ネガ両方の顔がある
ここまで、享受・受容はポジティブなもの、不安や統制、排除はネガティブなものという整理で見てきましたが、享受・受容が高いことによる副作用も考えられることには注意が必要です。
たとえば、答えの出ない問いをいつまでも問答していたり、まとまりかけていた議論を蒸し返したりすることで、いつまでも業務が進まなかったり、不確実さが高いままで周囲が混乱したりするといった悪影響が予想されます。
一方で、不安や統制・排除はネガティブなことばかりではなく、曖昧な状況に対して一定の割り切りをし、次の動きを決めて前に進める原動力にもなります。
特に、ビジネスの場面ではAとBどちらの施策を採用するか、現在進めている施策を継続するか中止するかなど、最終的にはっきりとした決定が求められる場面が頻繁にあります。こうした場面において、判断材料を集めたり、不確定要素となっている部分に決着をつけたりすることで曖昧さに対処していく「統制」の軸は重要な役割をもつと考えられます。
5つの軸のいずれにも、ネガ・ポジ両方の要素が同じコインの裏表のように共存していることを押さえておくことが大切です。
才能の「発動条件」を考える切り口
今回の研究コラムでは、「曖昧さ」への向き合い方をテーマに取り上げました。
自身の才能発揮を目指そうとするときには、新しいフィールドでの挑戦を始めたり、クリエイティブなアイディアを形にしたりと、曖昧さの高い状態が生まれやすいことでしょう。
こうした曖昧さは、情報収集やコミュニケーションの工夫で下げることはできても、ゼロにすることは難しいので、うまく向き合っていくことが大切になります。
向き合い方には、今回紹介した5つの軸の高低で個人差もあることから、自分が曖昧さに対して不安を感じるほうなのか、あまり気にせず楽しめるのかなどを、一緒に仕事をする人たちに開示しておくと、仕事を進めやすくなると考えられます。
自身の才能が発揮される「発動条件」を考えるうえで、曖昧さへの態度という切り口も参考になるのではないでしょうか。
文献
Budner, S. (1962). Intolerance of ambiguity as a personality variable. Journal of Personality, 30, 29–50.
西村佐彩子. (2007). 曖昧さへの態度の多次元構造の検討――曖昧性耐性との比較を通して. パーソナリティ研究, 15(2), 183-194.
▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻、完全主義の認知特性を研究。ベンチャー企業にて、若手研究者のキャリア開発や、研究プロジェクトの立ち上げを経験後、HR Tech企業にて採用管理システムのデータ分析を推進。
現在はフリーランスとして、研修や人事施策の効果検証デザイン、データ分析、文筆等を行う。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうため、TALENTの才能研究に参画。
