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研究コラム

「立ち止まる力」の大切さ #研究コラムVol.18

安易に納得せず、立ち止まる力

前回の研究コラムでは「曖昧さ」への向き合い方をテーマにしました。ビジネスや日常生活では、情報がなさすぎたり、反対に多すぎたりして実態把握がうまくできず、判断や行動を決めにくい場面も多いことでしょう。

こうした曖昧な状況に向き合ったときに、楽しめる人もいれば不安に感じる人もいます。この向き合い方には個人差があるということで、その特徴を解説しました。

今回は、似たようなテーマをちょっと違った角度から見てみたいと思います。キーワードは、「消極的な能力」とも呼ばれる「ネガティヴ・ケイパビリティ」です。

目次

  1. 安易に納得せず、立ち止まる力

  2. モヤモヤに腰を据えて向き合う粘り強い思考

  3. 一番モヤモヤするのは「自分自身」のこと

  4. 意識的に立ち止まる習慣の大切さ

  5. 才能発揮には自己理解が、自己理解には考え続けることが必要

  6. 文献

安易に納得せず、立ち止まる力

「次に提案する新サービスはどんなコンセプトにしようか?」
「私はどんな人間で、これからどう生きていくのが幸せなんだろう?」

ビジネスでも日常生活でも、答えがはっきりと決まっていないことや、先々の見通しが不確かなことに向き合う場面はあるかと思います。このときに、納得のいくアイディアや糸口が見つかれば、次の考えや行動に進めてスッキリした気持ちになるでしょう。しかし、なかなか突破口が見つからなかったり、同じところを何度も通るような思考を繰り返したりしていると、じりじりともどかしい気分になるのではないでしょうか。

今回のキーワードである「ネガティヴ・ケイパビリティ」について、哲学者の谷川嘉浩氏は次のように説明しています。

取り組むべき問題や謎が複雑かつ巨大であればあるほど、即断即決せずに物事を探索的に知覚しながら、その核心にあるものを自分なりに見定めようとする、曖昧で不確実な時間を過ごすことが大切になってくるのではないでしょうか。

谷川・朱・杉谷, 2023

これは、答えが決まっていないことや不確かなことに直面したときに、掘り下げて考えるために立ち止まる力ともいえるでしょう。

はっきりと明快に「これが正解だ」と判断できない場面でどう反応するかという点で、曖昧さへの態度と共通する概念です。

モヤモヤに腰を据えて向き合う粘り強い思考

情報の伝達やビジネスのスピードがどんどん加速している世の中で、素早く判断して行動に移す力は重要視されています。題材を宙吊りにしたまま留保し、立ち止まって考えるネガティヴ・ケイパビリティは、このような即断即決の力とは逆行するようにも見えます。

この一見すると消極的な能力がなぜ注目されるのか、谷川らの文献では次のように説明されています。

取り組むべき問題や謎が複雑かつ巨大であればあるほど、即断即決せずに物事を探索的に知覚しながら、その核心にあるものを自分なりに見定めようとする、曖昧で不確実な時間を過ごすことが大切になってくるのではないでしょうか。

谷川・朱・杉谷, 2023

自然現象は最先端の科学でも未解明の部分が多く、社会の現象もIT技術による情報通信の加速や価値観の多様化によって複雑さを増しています。もしも世界がシンプルでわかりやすければ、すでに誰かが真理を解明しているでしょうし、社会が簡単に変革できるのであればすでに誰かが達成しているはずです。

未知で複雑な世界を真に理解しようとしたり、新たな技術やアイディアを投げ込んで変革を試みたりするには、わからなくてモヤモヤする状態を避けて通ることはできません。

このモヤモヤに腰を据えて向き合う力として、ネガティヴ・ケイパビリティが注目されています。

安直でわかりやすい結論や単純化に飛びつかず、問題の核心がどこにあるのかと掘り下げたり、別の可能性を探り続けたりする思考の粘り強さは、研究や新規ビジネスの立ち上げはもちろん、普段の業務や生活の問題解決にもつながる力となります。

一番モヤモヤするのは「自分自身」のこと

未知の解明や社会の変革など、スケールが大きく見えることを挙げましたが、執筆者としては、ネガティヴ・ケイパビリティは私たちのきわめて身近なある場面で、特に強く求められると考えています。

それは、「自分」について考える場面です。

研究コラムのvol.9やvol.10でも自己理解に関連するテーマを扱いましたが、自分の内面や存在意義について思索をめぐらす営みは、古来より人類の間で行われてきました。

自己は唯一無二の存在であることから、本やWebなどの外部情報では真の理解にたどり着けないものですし、経験や外部環境の影響を受けて刻一刻と変化する複雑なものです。加えて、自分自身のことであるがゆえに、内省や自己探究はときに痛みや苦しみを伴います。

向き合うことに苦痛を覚えるため、いち早く答えや手がかりを得て解き放たれたくなりますが、いかんせん未知・複雑の度合いがきわめて高いものであるため、深い納得を得られる答えにはそう簡単にたどり着けません。

こうした特徴のある自己を理解するには、立ち止まって考え続けるネガティヴ・ケイパビリティが重要となるでしょう。

自分について理解したい、しかし腰を据えて向き合うのは大変というジレンマへのソリューションとして、シンプルなわかりやすい分類手法がこれまで多く提供され、流行してきました。血液型性格診断や、16Personalities性格診断テスト* など、枚挙にいとまがありません。

【注記】
"INTJ"のようなアルファベット4文字の組み合わせで性格を分類する自己診断型テスト。同じくアルファベット4文字で特徴を記述するMBTIと混同されますが、まったくの別物であることはここで補足しておきます。

タイプ分けで解説されると理解しやすく、自分のことを知るきっかけをつかみやすくなります。

その一方で、「自分は〇〇タイプだからこういう仕事が苦手なのは仕方ない」「△△タイプの人とは相性が悪い」と安易な決めつけをすることで、自身の可能性を自ら閉ざす危険性もあります。また、〇〇タイプという特徴だけで理解が停止し、個別の特徴や価値観など、より具体的な「自分らしさ」に探究が進まないことも懸念されます。

これらは、長期的なキャリア選択や人生の指針を定めるうえでの障壁となる可能性があります。

シンプルなタイプ分けやラベリングに安住せず、自己を探究し続けていくうえで、ネガティヴ・ケイパビリティは重要な素養となるでしょう。

意識的に立ち止まる習慣の大切さ

ネガティヴ・ケイパビリティは、立ち止まって考える習慣を意識的に作らないと、自然にはなかなか身につかないもののように思えます。

なぜなら、私たちの周囲の環境はとにかくわかりやすさを重視したコンテンツで取り囲まれており、今後その傾向はどんどん加速すると予想されるためです。

TikTokやInstagramのリールなどのショート動画サービスが広まっていますが、短い尺のなかでどれだけ注意を集められるかが閲覧数やシェア数に直結するという特徴があります。こうした特徴のある環境では、わかりやすく印象に残り、興味のある情報が即座に手に入るようなコンテンツが広まりやすく、高い評価を得られるようになります。たとえば、「1分でわかる就活面接突破法」「異性に嫌われる行動3選」のようなものです。YouTubeなどの動画サービスでも、いくつもの要因が絡み合った社会現象や賛否の分かれそうなトピックを、インフルエンサーが極端な主張でバッサリ斬るようなコンテンツが人気を博しています。

反対に、じっくりと熟議を重ねたり、背景を丁寧に解説するようなコンテンツは敬遠される傾向にあります。

動画コンテンツ以外にも、わかりやすさはいたるところで必要とされ、当たり前のものとして定着しており、たとえばWebサービスやアプリケーションは、説明書を見なくても直感的に操作を完結できるデザインが主流となってきています。

このように、認知負荷が低く、めんどくささを排したサービスやコンテンツが普及した環境は、使いやすさや快適さをもたらす一方で、立ち止まって考える習慣を定着しにくくさせる面もあります。

スピードと変化の激しい環境だからこそ、立ち止まるには意思の力が必要になるでしょう。

才能発揮には自己理解が、自己理解には考え続けることが必要

株式会社TALENTのTalent Research Center (TRC) では、才能の定義を「動機づけられた、自分が価値があると認めている行動や思考」と置いています(研究コラム vol.12 参照)。

「動機づけられた」という書き出しで始まっているように、才能の起点は「〇〇をしたい」「▲▲せずにはいられない」という、欲求による動機づけだと考えています(研究コラム vol.1 参照)。

欲求は心理学の研究でいくつかの分類が提案されていますが、自身が具体的にどのような欲求を抱いていて、何が満たされたら達成されるかは、究極的には人によってそれぞれ異なるものです。

才能発揮は欲求を自覚することであり、欲求を理解することは自己を理解することです。

才能発揮という観点からネガティヴ・ケイパビリティを見ると、起点となる自己理解を深める土台と捉えることができるでしょう。

文献

  • 谷川 嘉浩・朱 喜哲・杉谷 和哉. (2023). ネガティヴ・ケイパビリティで生きる: 答えを急がず立ち止まる力. さくら舎

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻、完全主義の認知特性を研究。ベンチャー企業にて、若手研究者のキャリア開発や、研究プロジェクトの立ち上げを経験後、HR Tech企業にて採用管理システムのデータ分析を推進。
現在はフリーランスとして、研修や人事施策の効果検証デザイン、データ分析、文筆等を行う。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうため、TALENTの才能研究に参画。

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